navigation

←戻る

【サトウトモノリ】


■ まずは、生年月日から伺ってるんですけれど。
サトウトモノリ:はい。1978年の2月の20日ですね。

■ ちなみにどこ出身でいらっしゃるんですか。
サトウトモノリ:僕は埼玉です。

■ ずっとですか。
サトウトモノリ:生まれてからずーっとですね。だから東京来るの怖いです(笑)。

■ 未だに(笑)。子供の時ってどんなお子さんだったんですか。
サトウトモノリ:子供の時は……まあ変な子でしたね。大雑把に言うと、子供の時から一貫して今もそうなんですけど、何か、両極端なんですよ。すごく。だから、ちっちゃい時、小学校の時もそうだったんですけど、すごい泣き虫だったんですよ。気が小さかったり。気が小さくて泣き虫だったんだけど、普通の子だったら逆らわないような相手にめちゃめちゃ食ってかかるんですよ。

■ おおー。
サトウトモノリ:逆にその普通の、クラスメイトには何かちょっと逆らえなかったりしたんだけど、先生……変な話、権力じみたものがすごい嫌いだったから(笑)、だから、先生に気に入らないことされて、「俺はお前と一生口を利かない」って言われて、完全にシカトしてたりとか、気に入らないことされて。まあ男の先生だったんですけど。

■ 覚えてるんですね(笑)。
サトウトモノリ:覚えてますね(笑)。何か、蹴りをガーンとしたり……変なところがそう。他のこともそうだし。とにかく何か、すごく極端だと思う。っていうのはありましたね。

■ それは小学校の時ですか。
サトウトモノリ:小学校の時もそうだし、今も、ありますね。まぁ、「蹴りを入れる」とかそういうのはないですけど(笑)。何か、極端な面を、自分の中ですごい感じますね。

■ ふーん。それから思春期というか中学に進級して、例えばちょっとこう、人間的に形成する時期だったりするじゃないですか。
サトウトモノリ:はい、はい。

■ そういう時期に入ってもやっぱり同じだったんですか。
サトウトモノリ:同じでしたね。おんなじ……おんなじでしたね(笑)。後何か、ちょっと冷めてるところがありましたね。何か、人間関係的なものに。すごい仲良い奴とかは勿論いるんですけど、仲がいい奴がいて。その仲がいいとこでも上下があったりとか──

■ しますよね。
サトウトモノリ:こいつは、こいつの前ではこう、いいこと言ったりするとか、それが全部見えちゃってて。そういうところがすごく冷めてるところが。お前はこいつに対してこうだから、そういう発言を今したんだっていう。で、冷めてるんだけど、そいつには「わかるよ、俺も」みたいな(笑)。

■ うまく、こう(笑)。
サトウトモノリ:話していくっていうか。みたいなところがあったかなあと。そういうとこありましたね。

■ それはどこがポイントだったんですかね。あんまり普通の子ってそういう風に俯瞰で見れないと思うんですけど。
サトウトモノリ:何でですかねえ(笑)。何か……物心ついた時から、そういう風になってましたね。ていうか何か、熱くなると止めらんないですね。こう、世界に入っちゃうと、止めらんなくなっちゃう方かな。だからそういう意味でも極端。

■ うん、うん。何だろう、オール・オア・ナッシング的というか。
音楽との出会いはいつぐらいだったんですか。

サトウトモノリ:ちゃんと音楽と向き合い始めたのは中学2年生くらいかな。1年生か2年生くらいで、ベタですけどBO∅WYだったんですよ。で、BO∅WYを聴いて、「すごいかっこいいな」と思って、それで興味を持ちましたね。「ロック、音楽ってかっこいいな」ってのはあったんですけど、でも何か思い返してみたりすると、小学校の時に、テレビとかで、ちょうど俺らが小学生低学年か中学年頃に、すごくマイケル・ジャクソンが。

■ ああ、ああ。
サトウトモノリ:勿論その前からスターだったんですけど、めちゃめちゃテレビも出てたし。あと、ボン・ジョヴィだったりとかがテレビで流れてたりして。それを何か、よくわかってないのに口ずさんだりとかして。で、あと、俺のおじさんがマイケル・ジャクソンの何か──人形を持ってて。

■ フィギュアとかですか。
サトウトモノリ:この人はスターなんだ、って言って。あぁ、スターなんだ、これマイケル・ジャクソンか、テレビ出てた人だ、と思って。であと当時、知ってる人がいるかどうかわかんないけど、マイケル・ジャクソンの映画でミュージカル風のやつで、『ムーン・ウォーカー』っていうのがあったんですよ。それを、おじさんがたまたまビデオに録ってて、それをめちゃくちゃ見てましたね。それだけを。で、その映画の中って、もうストーリーも何も、おかしいんですけど。ほとんど何か、マイケル・ジャクソンの昔のクリップをバーッて流してるような感じの作品だったんで。「この人はちっちゃい頃からこんなことをやってたんだ」って、それをずーっと見てましたね。だから、もしかしたらその頃から興味があったのかも。

■ うん、うん。じゃあ逆に入り口としてはマイケル・ジャクソン、
サトウトモノリ:かもしれないですね(笑)。

■ うん、それは良質って言えば良質ですよね。でまあBO∅WYを聴いたりして、かっこいいなあ、と、でマイケル・ジャクソンのそれもありつつ。で、同時期に色んなバンドがいっぱいいたりしたと思うんですけども、そういうバンドって聴いたりとかしましたか。
サトウトモノリ:うん、どうだろうなあ、でも何か結局BO∅WYから入ったもんだから、そん時には既に解散してたから、氷室さんのソロだったり、布袋さんのソロだったり、コンプレックスだったりとか。もう近いところからこう攻めてって。で、X JAPANを聴いて。楽器を始めてすぐくらいに、たまたまX JAPANのビデオを見してもらって、でTAIJIさんがものすごく格好よかったんですよ。BO∅WYのビデオ見た時には松井常松さん、クールですよね。それはそれで格好いいんですけど、当時はそれが、わからなかったんですよ。

■ はは、なるほどね。
サトウトモノリ:何がかっこいいんだろう、ベースはそうしなきゃいけないのか、みたいな気がして。布袋さんみたいに弾いちゃいけないのか、みたいなことを思ってたらTAIJIあんが、ものすごく前に出てってガーッてやってるのが、ものすごい格好よく映って。で、X JAPANを聴いて。でTAIJIさんがラウドネスに入ったっていうなら、じゃあ、ラウドネス聴くか、みたいな。そんな感じでしたね。中学生の時は。

■ コピーとかしました?
サトウトモノリ:いや、めちゃくちゃしましたよ。俺、学校が終わって、家に帰って、ラウドネスのライブビデオがあったんですけど──

■ あったあった、ありましたね。
サトウトモノリ:それを毎日、だからもうリモコンとベース持って、ずーっとこう、研究してて、めちゃめちゃ研究しましたね。なぜこうするんだろう、とか。「CDではこうだけど、ライブではこう弾いてた、その違いは何だろう」、とかすごい考えてました。「何でだろう」とかすごい考えてましたね。

■ そこでまたこう、元来持ってる性格の。
サトウトモノリ:かもしんないですね(笑)。俺はもうそれでマジな訳じゃないですか。でも、母親が、ストレスたまってたみたいで。俺がやってること。普段聴かないヘビーメタルが流れてる訳じゃないですか。マジギレされましたね(笑)。「いいかげん、やめなさい」と。

■ へえー(笑)。ベースを聴きたくて。
サトウトモノリ:聴きたくて……そう、まあベース的な見方だったですね、昔からずっと。
でも、俺、メンバー唯一の、ハードロック上がりなんですよ。

■ あっ、そうなんですか。
サトウトモノリ:実は(笑)。パンクをそんなに通ってないんですよ。ちょこちょこ聴いてはいたんですけど。実際は、めちゃめちゃハードロック上がりなんですよ。

■ あっ、そうなんですね。
サトウトモノリ:だからその、ハード・ロックかヘビー・メタルかって言われればハード・ロックですよ。

■ そこには似て非なる、微妙な違いが(笑)。
サトウトモノリ:微妙な違いが、僕の中では(笑)。でも、メタリカは大好きで(笑)。

■ なるほどね。パワー・メタルと言われながらもハード・ロックっぽいと言えばハード・ロックっぽいですよね。
サトウトモノリ:そうですね。だから、ハード・ロック上がりだったから、プレイだったら、モトリー・クルー、ニッキー・シックスとか大好きだったし、この前も見に行ったし(笑)。そうですね、それはまあ高校入って、中学終わりから高校にかけてなんですけど。そん時は、ハード・ロック聴いてたし。ガンズとか、モトリーとかメタリカとか聴いてたし。でバンドも、そういうバンドのコピーをやってたんで。だからめちゃめちゃハードロック上がりですね。

■ ちょうどそうですよね、LAメタル全盛期というか。
サトウトモノリ:そうですね、LAメタルが――

■ 落ち着いた辺り。
サトウトモノリ:落ち着いて、もうやばいぞっていう頃に、ちょうど俺らがって感じだったから(笑)。

■ なるほどね。比較的、本質的な人たちが残り始めた時期ですよね。
サトウトモノリ:そうですね。こう、ふるいにかけられて出てきた、残ったって感じはあったのかな。

■ そのバンドっていうのは覚えてますか。どういうバンドだったんですか。メタルバンド?
サトウトモノリ:えー、メタリカと、ガンズと、モトリーと(笑)、そうですね、ブラック・サバスとか。古いっすけど。もやってたし、オジーとか。もやってましたよ。

■ メンバーのその──ファッションとか、スタイルってどんな感じなんですか(笑)?
サトウトモノリ:あ、全然、普通ですよ(笑)。全然、革ジャン着てどうのとか、そんなのはないです。それは、別だったんです、やっぱり(笑)。音楽はかっこいいと思ってましたけど、格好はどうだって言ったらやっぱり、それは別ですからね。俺にはちょっとできないなと、だから音楽的に見てましたね。

■ そうなんだ。真面目に捉えてたわけですね(笑)。
サトウトモノリ:真面目に捉えてましたよ。何だろう、周りは、メタリカとか、オジーとかを聴いてたんですけど、俺もそうだったんですけど、俺は家に帰ったりすると、そうじゃないものを聴いてる方が、もしかしたら多かった。だからそのメタルとかは好きだったけれども、それは俺の中で一部であって、っていうのがあって、色んなのを聴きたいと思ってたんで。だから、家、帰るとデヴィット・ボウイを聴いてたり、エニグマを聴いてたり、ジプシー・キングスを聴いてたりとか。そういう意味でも極端というか。

■ ふーん、色んな。
サトウトモノリ:色んな。単純に好みとして聴く部分と、ベーシストとして聴く部分はあったんで、だからその分、幅広く聴けたっていうか、その自分が好きになったアーティストが、何を聴いてきたか、っていうのがものすごく気になるたちなんですよ。だから、この人は何を聴いてた、よくライナーノートとかに、何を聴いてたとかって書いてあるじゃないですか。そういうのって気になってしょうがなくなっちゃって、そっからどんどん掘り下げてくっていうか。でその聴いてきたものの中からいくつか聴いてみて、これかっこいいな、っていうのがあると、今度はそいつが聴いてきたものを知りたくなって。そうやってどんどんどんどん掘り下げてって、広げてってって感じだったから。だから、当時の高校生の割には間口は広かったかなっていう気はします。

■ 大体みんな、ハードロックの人ってハードロックの世界のものしかやってなかったりするじゃないですか。
サトウトモノリ:そうですね。結構ある意味ハードロックって、カリスマ音楽的な部分があるじゃないですか、宗教的な。でも俺はそれが嫌で。別に好きは好きだけど。人生捧げていくとは思ってないっていう感じで、だから自分がよければ別に、変な壁は作らずに聴きたいって思ってたんで、だから、間口は広かったんじゃないかなと思うんですけど。

■ 入手源ってどうされてたんですか。
サトウトモノリ:うーん、もう借りてましたね。友達だったり、お店だったり。当時は結構、アルバム1枚買うのに必死じゃないですか。

■ 大ピンチで(笑)。
サトウトモノリ:大ピンチじゃないですか(笑)。だから、友達に借りたり、お店で借りたりとか、例えば欲しいものが2つ同時にバンと出ちゃった日にゃあ、友達とジャンケンして、どっちを買う、誰が買うとかっていうのを決めて、2人で買って、後で貸して、みたいな感じのことをだからうまーく、やってましたね。

■ 手段は厭わない感じで(笑)。
サトウトモノリ:手段は厭わない感じで。もう誰かつかまえて、これ、この日に出るから買ってくれ、俺、これ買うから、そしたら貸してやるからっていうのを(笑)。決めて、買う。そんな感じでやってましたね。

■ それはバンドのメンバーと。
サトウトモノリ:そうですね。主に。やっぱそのバンドメンバーだと、趣味が似てるところも勿論あるんで、アンテナも同じようなところに引っかかる奴が多いから、やっぱりそういうところに。「お前、あれ買えよ」と(笑)。

■ ははは。買ってきて、交換して(笑)。
サトウトモノリ:「あぁ、俺、そっち買えばよかったな」、とか(笑)。

■ ははは、わかるなあ(笑)。そのバンド自体はライブハウス出たりとかはするんですか。
サトウトモノリ:あ、基本はライブハウスに出てて、コピーバンドですけど。ライブハウスで出てて、元々あったバンドっていうのが、その地元の高校生のバンドやってる奴らに結構名が知れてたんですよ。

■ 地元の有名バンド。
サトウトモノリ:で、ボーカルの人は大学があるからって言って、一度、解散って形になって、でも残りの3人がバンドやりたいってなって、俺が紹介でそこに入ってライブをやるようになったんですけど。

■ そのバンドは長かったんですか。活動してる時って。
サトウトモノリ:いや、高校生レベルなんで、1年くらいですよ。1年くらいやってて。で、卒業して、俺が音楽の専門に行っちゃう、と。

01

■ あっ、そうなんですね。専門に通われて。
サトウトモノリ:専門に行ったんですよ。で、まあそこで2年勉強して。勉強だったんだか遊びだったんだかよくわかんないですけど(笑)。で、色々、勉強したりしましたね。

■ どんな勉強だったんですか。プレイヤーとしての勉強ですか。
サトウトモノリ:プレイヤーとしての勉強ですね。課題曲を出されて、それを演奏して、色々勉強して。色んなジャンルの曲を演奏して、勉強したりとか、あとは、理論的なことを勉強したり、あとはその1つのジャンルとか1つのアーティストみたいなのに絞って、こう掘り下げていくっていう勉強をしたりとか、そんな感じでしたね。基本は演奏ですね。

■ その当時覚えてることとかってありますか。専門学校時代に。
サトウトモノリ:何か、やっぱ入ろうって決めて、いざ入る時に、高校の時は自信あったんですね、自分のベースにすごく。天狗だったんですよ、簡単に言っちゃうと。俺、すごいぞと思ってて(笑)。天狗だと思ってたんですけど、いざ専門に入ると、やっぱり、色んなとこから来る訳じゃないですか。日本中から来るから、すげえ奴らが来るんだろうなぁ、とか思ってちょっと内心、ビビリも入ってたんです。どうしようと。「大したことねえな」と思われたらもう終わりだと思ってたから。で、いざ入ったら、あ、そうでもねえぞ?と(笑)。

■ 俺、結構、いけてると(笑)。
サトウトモノリ:俺、いけるぞ、と(笑)。1人、2人だけ、こいつはすごい上手い、って奴がいて。で、みんなロック上がりなんですよ、ほとんどが。9割はロック上がりなんですけど、で何か、そういう学校入って、色んなジャンルを知ってく訳じゃないですか。ソウルだったり、ファンクだったり。色々知ってって、俺も、そういうのを聴くようになったりしてったんだけど、何て言うのかな、俺はそういう、ソウルとかファンクとかを聴いたりはしてたんだけど、それはあくまで、ロックも好きっていうのがありつつ、要は自分の中でエリアを広げたって感じだったんですけど。

■ 基盤があってね。
サトウトモノリ:基盤があってなんですけど。何か、時間が経ってくごとに、周りの奴らが、ロックを否定し始めちゃうんですよ。

■ ほうほう、風潮としてね。なんか分かるなぁ。「ロックなんて…」ってね。
サトウトモノリ:やっぱ、頭でっかちになっちゃうじゃないですか。それがすごい嫌で。何で?お前らのルーツを否定してどうすんの?みたいな風に思ってて。だから、後半はもうつまんなかったですね、学校が。すごいつまんなくて。で、専門って、卒業したらゴールじゃないじゃないですか。専門を卒業したら、スタートにやっと立てるかどうかくらいな感じなのに、みんなはゴールくらいの気でいるんですよ。それはどうなのかなと。勿論そうじゃない奴もいたんですけど。で、何かつまんねえなぁ、と。2年間行ってるんですけど、初めの1年はやっぱ刺激もいっぱいあったし、すごい楽しかったんですけど、後半の1年はつまんなかったですね。だから、うん、こういうもんなのかな、何かさみしいなあっていうのはありましたね。

■ うん。みんなね、元々自分が好きで始めたのにね。
サトウトモノリ:そうですね。さみしいなあっと。

■ もう駄目だね、みたいなね、何か(笑)。
サトウトモノリ:逆に、すごい柔軟に、ソウルとか聴いてます、聴くけど、ちゃんと自分のルーツは忘れてないよっていう奴が、ベース科にもほんとちょっとだけいて。やっぱ、そいつとかは、活躍してる、今も見ますね。テレビとかで。「あっ、あいつだ」って。ゴリエの後ろで弾いてましたからね、友達が(笑)。

■ あっ本当に(笑)。へえー。
サトウトモノリ:「あっ、あいついるわ」って、そういうの見たりすると嬉しかったりとか。

■ バランス感覚ですよね。わかりますわかります。
サトウトモノリ:不思議とやっぱり、そういう柔軟性というか、やってる奴は残ってるんだなと思ったのが。

■ そこではバンドってやってらっしゃるんですか。
サトウトモノリ:俺はそん時に、バンドをやりたかったんですけど、中々できなくて。巡り合わせが悪かったりとか、自分の努力が足りなかったりとかしたんですけど。だから、バンドできない分、ほんとは全然関係ない人前でやりたかったんですけど、できないならできないなりに何かしようと思って。バンド練習とか、団体でしてるところに勝手に入ってって、俺に弾かせろみたいな感じで何曲か弾かせてもらって、「じゃあ帰る」って言って帰っていったり、色んなところに突っ込んでって。そういうのをやってました(笑)。

■ 武者修行じゃないけど(笑)。
サトウトモノリ:武者修行じゃないですけど、1人で色々やってましたね。どっちかって言うと。

■ へえー。それは学校内で。
サトウトモノリ:学校内ですね。

■ 面白いですね。色んなジャンルやるだろうし。
サトウトモノリ:面白かったですね。やっぱためになったし。今もそれは。養われてるというか、実になってますし。

■ で、まあ2年学校に行かれて、卒業されてからはどうされたんですか。
サトウトモノリ:卒業して、で卒業後にどうしようかなと思って、たまたま地元の友達に会ったら、地元のライブハウスがバイト募集してるんだけど、行ってみれば?みたいな感じで。「あ、じゃあ行く」、ってすごい軽いノリで。で、地元のライブハウスで、バイトを始めるんです。そこで何か、やる側じゃなくて、その裏方を見るって言うか。まあちょっと見れるんじゃねえかな、と思ったし、きっと色んなバンドが見れるだろうと思ったから。じゃあいいかなと。人との出会いも。毎日色んな人が来るから、そこで何か、いい出会いがあるかな、みたいな感じで。じゃあ、やるわと。それで1年ちょっとくらいやってたのかな。

■ そうなんですか。
サトウトモノリ:ほとんど、高校の時から出入りしてたライブハウスだったんで、普通に入ってって、お願いしますと。

■ そのライブハウスに、プロのバンドが来たりとかもしますよね?
サトウトモノリ:ああ、もう、来てましたよ。色んなジャンル、まあ、基本、ロックバンドが多いんですけど、フュージョンバンドとか、後は、会社員の人がやってるジャズバンドみたいなのも来たりとかして。そういうのも、すごい見てて新鮮だったし。だから、そこで更に何か、色々広げられたっていうか、自分の中で音楽を。広げられたから、すごい良かったですよ。やってよかった。

■ どんな仕事をしてたんですか。
サトウトモノリ:主にですね、ステージの仕事をしてました。PA以外のことをやってました。例えば、ピンを当てたりとか。ビデオ撮影をしたりとか、転換をしたりとか。だから、結構ステージ上の仕事は大体できる(笑)。大体やりましたね。

■ そうなんだ。そっからはどうされるんですか。
サトウトモノリ:そこで、あのー、今100sってバンドやってるギターの町田くんっているんですけど、まあその人は高校の時から知り合いではいたんですけど、たまたまそこで、久々の再会をして。で、深い付き合いが始まって。ライブハウスをやめて、ちょっとして、バンドをやろうかって話になって。その人と、100sのドラムの玉田くんって、その3人で。でも2年やらなかったかな。1年半くらい。わがままなバンドだったんで(笑)。音楽的にわがままな。

■ へえー。それはもう、パーマネントなバンドとしてですか。どんなバンドだったんですか。
サトウトモノリ:そうですね、大雑把に言うと……ブランキー・ジェット・シティーがジュディマリを演奏するみたいな感じですかね(笑)。

■ おお、難しい(笑)精神的にはブランキーな感じ。
サトウトモノリ:そうなんですよ、でもやってることはすごいポップだったんですよ。

■ なるほどなるほど。
サトウトモノリ:そんな感じだったかな。でも何か、すごいポップなんだけど、何かツェッペリンが出てきたぞ、みたいな、だったりとか(笑)。おかしいバンドでしたよ。トリオバンドだったし、すごい3人が3人、俺が俺がみたいな性格だったから。音の喧嘩じゃないですけど。だから、1回、ライブする時に、3曲しかやらなかったんですよ。それはなんでかっていうと、まあ2曲は普通の時間、大体4分くらいの曲なんですけど、残りがもう15分とかなんですよ、1曲が。

■ 長え(笑)。
サトウトモノリ:何かこう、はじめは歌があって、その後は、もうずっとソロなんですよ。セッションになってるんですよ。バーッ、ウリャア!ってやって、お客さんは引いてるんですよ(笑)。初めは、何かすごいことになってるぞ、みたいな。後半はもう引いてるんですよ。3人は弾き倒してグワーッ、ダーッてやって、何も言わず帰っちゃったみたいな(笑)。

■ 3曲だけ(笑)。
サトウトモノリ:そんなバンドをやってましたね。本当に、そんな感じでしたよ。強烈でしたね。

■ うん、確かに強烈ですね。
サトウトモノリ:だから、地元のアーティストからは絶大なリスペクトをもらってましたね(笑)。

■ ああ、地元で評判(笑)。面白いですね。そこは、1年半で解散だったんですか。
サトウトモノリ:1年半で解散して。で、どうしよっかなーって思ってたら、色んなバンドからちょっと手伝って、っていうのがあって「あぁ、わかった」、ってちょんちょん手伝ってたら、その後に何かオルタナバンドがあって。そこに「ちょっとやってもらえません?」「ああいいよ」、みたいな感じで、「サポートって形でいいですか?、本当は入ってほしいんですけど」、って「ああいいよ」、って。全員年下だったんですよ。その前のバンドの時に、ものすごく、俺自身、鍛えられたんですよ。俺が一番年下だったし、まだ未熟者だったから、すごい鍛えられて。めちゃくちゃ。で、そのオルタナバンドに行ったら、今度は逆に、俺が年上だし、俺が一番経験があるってことになっちゃって、気付いたら鍛えてたんですよ。

■ うんうん、気付いたら鍛えてたと(笑)。
サトウトモノリ:そこである意味、プロデュースじゃないですけど、色々、バンドやりつつ、やりながらも自分の中で、人の使い方だったり、自分の音楽観だったり、自分の可能性をさりげなくためしてみたりとかして。2年ちょっとくらいやってたのかな。「佐藤さんは相当厳しいって噂です」って言われまして。かなり厳しくしましたよ。

■ へえー、どんな感じだったんですか。
サトウトモノリ:何か、厳しいっていうか、その、「お前が好きなバンドは何だ」って聞いて。「ナンバーガールです」「じゃあお前、ナンバーガールを相手にしてると思ってバンドやりな」って。地元バンドなんてどうだっていいんだ、と。地元の先輩バンドなんて、別にどうだっていい、自分が相手をしているのは、ナンバーガールだと思ってバンドやれ、っていう話をしていましたね。

■ それはわかりやすい。
サトウトモノリ:そう思ってやると、多分地元では1番になれるんじゃない?っていう話をして。後はここは、こうやって練習して来いとか。

■ ほおー。
サトウトモノリ:アレンジは、ほとんど俺がやってましたね。

■ えっ、でも、サポートなんですよね。
サトウトモノリ:サポートなんだけど、性格がこうだからさ(笑)。だから、熱くなっちゃうと入り込んじゃうから、作ってるのはメインボーカルの奴で、そいつが作ってきて、どうしたいのこれ?って言ったらこんな感じにしたい、って言われて、わかった、ってその場で作って。そうすると、他のメンバーが「何でそこをそうしたんだ」、って聞いてくるから、「これはこう、歌詞のこの部分がこう歌ってるから、俺はこういうアレンジをした、こうすることによって、サビでこう行けるから、ここで終わる」、と全部教えて。当時の自分なりにですけどね。

■ いやいや。うん。でも、すごい勉強になったでしょうね、逆に。
サトウトモノリ:そうですね。すごい勉強になったかな。だからその前のバンドで教わったり、叩き込まれたことを、ある意味そこで生かしてたっていうのはあるから、実践で使ってみるって。逆に自分がイニシアチブを握って、どうバンドをコントロールしていくかっていうのは、ありましたね。

■ それはいくつくらいの時ですか。
サトウトモノリ:それは24くらいかな。24,5くらいじゃないですか。

■ 結局でも、学校出られて、そんなに経ってないっちゃ経ってないですよね。
サトウトモノリ:そうですね。そんなに経ってないですけれども。前のその、3人でやってた時のバンドが、何だろう、本当にすごかったです。あの時に、あの3人でやってなかったら、今の俺はないぐらいの。すごく濃かったんですよ、やっぱり。だからそのバンドやってた時に、要は2人、先輩な訳じゃないですか。そこで、「俺が3年で培ったものを、お前に3ヶ月で叩き込む」って言われたから、もう必死でやってて、そこで、もうかなり叩き込まれたから。そこがでかかったなぁ、と。今までやってきたことは、何だったんだ、ぐらいに思いましたもん。

■ ああ、そういう、目から鱗じゃないですけれども。良質な先輩ですよね。
サトウトモノリ:そうなんですよね。だから、うん(笑)。俺、音楽を始めて今まで、今も勿論そうなんですけど、ラッキーですね。すごく。勿論、努力もそれなりにしましたけど、おんなじくらい、運がよかったですね。人との出会いに関して。

■ うんうん。それを言えるってことはすごく大きいですね。
サトウトモノリ:すごいラッキーです。

■ オルタナバンドをやって、後はどうされたんですか。
サトウトモノリ:オルタナバンドやってですね、もう俺、やることはないなって思って、そこで。で、やめる、って。やめようと思った時にどうすっかなと思ってたら、とあるバンドのオーディションがあって。それに、デモテープ送ったり。後は、何かそのプレイヤーオーディションみたいなのにデモテープ送ったりしてて、そんなことやってましたね(笑)。

■ じゃあベースのお仕事とかされたりしてたんですか。
サトウトモノリ:ベースの仕事は、22くらいの時に初めて仕事して、そっから年に1回くらいしかしてないんですけど、ちょこちょこ、何か仕事的なものをやってましたね。エゴ・ラッピンみたいなバンドのベースの仕事みたいなのがあって。それでまあジャズっぽいことをやったり。

02

■ そうなんですね。その、ジェリーリーは、どの辺なんですか、その後の――
サトウトモノリ:ジェリーリーは、バンドやめて、どうすっかなって。で、何か、節目感があったんです、自分の中で。節目感があって。それが26の時で。ちょっとやめようかなと思ってたんですよ。音楽をやめるっていうよりは、プロを志すのを、もうやめようかな、と。何かその、自分の中の理想と現実のギャップに辛くなってきた部分もあったし、他にも色々あって。でも、26になって、やめようって決めて。でも、この26の一年は、もう好き放題やろうって。したら、丸山さんが来たんですよ。ジェリーリーいかがですか、みたいな感じで(笑)。来て、えーっみたいな感じで。

■ やっぱ26、7歳って結構やっぱ節目だったりしますもんね。周り見ててもね。
サトウトモノリ:そうですね、結構節目だったりしましたね。

■ 覚えてます?初めてスタジオ入った時。
サトウトモノリ:覚えてます、めちゃめちゃ覚えてます、覚えてますよ。

■ ははは、そうなんだ。
サトウトモノリ:覚えてますねー。

■ どうでしたか?
サトウトモノリ:いや、絶対、この人たちはヤンキーだと思ったんですよ(笑)。

■ ははははは。何で?
サトウトモノリ:絶対、元ヤンキーだと思って、「間違いない」と思って。で、曲を覚えてから、スタジオに入るじゃないですか。最初、丸山さんから音源とライブビデオをもらって、で、ライブビデオ見て、「うわ、絶対ヤンキーだ!」と思って。「やべぇ」とか思って(笑)。勝手な思い込みなんですけど。

■ 自分の中では、もうヤンキーだって(笑)。
サトウトモノリ:どうしよう、殺されたらどうしよう、とか言いつつ(笑)。

■ いざ会ってみたら──
サトウトモノリ:いざ会ってみたら──いざ会っても、まだちょっと……。

■ ヤンキーっぽかったんだ(笑)。ぎゃははは、ちょっと面白い。
サトウトモノリ:ダイジに関してはもう、ヤンキーなんですよ(笑)。うわ、超無口だし、絶対ヤンキーだと(笑)。

■ そのニュアンスわかるなあ(笑)。
サトウトモノリ:「絶対、ヤンキーだ、この人」と思って。で、曲を貰った時に、ベーシストとしてのプライドもあったし、俺からアプローチかけたんじゃなくて、ジェリーリーの方からのお話だったんで、「ああ、そうですか!」って感じで、見てて。当時、モリオが弾いてた訳じゃないですか、こいつ、上手いなあと思いつつも、あぁ、でもこいつを倒さなきゃいけねえのかと思って。ヤンキー相手だけど(笑)、相手を倒さなきゃいけないみたいな。それは、受かる、受からないじゃなくて、何かを、相手には残さなきゃいけないなという風に。だから戦争ですよ。やるからにはとりあえず、オーディションっていう意味で、オーディションをやるからには、そのバンドには合わなかったとしても、とりあえず、「こいつ、すげえな」と思わさなきゃ絶対駄目だと思って。で、めちゃめちゃ勝負する気持ちになって。めちゃめちゃ緊張してましたけど(笑)、そのぐらいの勢いで行って、やりましたね。

■ 曲を、何曲かやったって話を聞いてますけど。
サトウトモノリ:そうですね、2曲覚えてって、2曲目やったら、もう「バンドに入って」って言われちゃって、「ええっ!」ですね。

■ いきなり(笑)
サトウトモノリ:逆に、意表突かれて、びっくりしちゃって。とりあえず2曲やって、その後何か、急遽、もう1曲やって、簡単なフレーズ、これずっと弾いてればいい、みたいなのを合わせて、わかりました、って。そしたら、終わった後に、入ってくれって言われちゃって。俺はもう、何が何だかわかんなくなっちゃったから、「ちょっと待ってくれ」って。心の準備も何もできてないから、ちょっと待ってくれって話をして、で、その後に丸山さんと2人で話をして、じゃあ「やります」と。で、決まりました。

■ で、現在に至ると。
サトウトモノリ:現在に至りますね。

■ ライブとかも、色々やられたと思うんですけど、印象に残ってるライブとかありますか。
サトウトモノリ:印象に残ってるライブは、1番初めの、ジェリーリーとして初めてライブやった日。名古屋の得三っていうところだったんですけど、ライブやったら、めちゃくちゃ暑いんですよ。あれ、これ、ライブってこんな暑いのかなと思って、ちょっと目が眩んだんですよ。「あっちょっと、やばいやばい」って思って、それが何回も続いちゃって、くらくらしちゃうんですよ、ライブやりながら。でその日が確か1時間ステージで、で、その後はもうワンマンツアーだったんですよ。これでワンマンなんかしたら絶対に死ぬとか思って、初め熱い汗だったのがどんどん冷や汗になってきて(笑)。怖い、ライブできない、とか思ってやばいと思ってたら、ただ単純に、そこのライブハウスが暑すぎた、っていう(笑)。あ、よかったっていう。もう、異常でしたね。

■ へえー。空調問題で(笑)。
サトウトモノリ:空調問題だったみたいで(笑)。ただ。あの暑さは異常でしたね。

■ それ以降は快適に(笑)。
サトウトモノリ:それ以降は快適に、やれましたね。もう、有り得ないくらい暑くて。初めてその、暑さで意識が朦朧とするっていう経験をして。

■ でもフロントに立ってて、暑いって結構すごい暑さですよね。
サトウトモノリ:相当暑かったですね、めちゃくちゃ暑かったです、あの日は。それが印象深いな……。あとは、インフルエンザでライブをやった時ですね。その時は、インフルエンザってわかってなかったんですよ。ただ具合が悪い、ぐらいに思ってて。ふらふらしてるんですけど、でもやんなきゃいけない、でバーッてやって、でもうヘロヘロになって、家帰って翌日医者行ったらインフルエンザです、うそぉん、と思ったら、うちのヒサシさんにうつしてたっていう(笑)。ごめん、みたいな感じで。すいませんみたいな。

■ そうなんだ(笑)。インフルエンザも結構辛いですよね。
サトウトモノリ:あれは何か、覚えてないですねだから。ライブやったのは覚えてるんですけど、内容は覚えてないですからね。こなすことに必死だったんで。倒れちゃったらと。

■ ちゃんとせなと。
サトウトモノリ:ちゃんとしなきゃと。そんなとこ見せちゃ駄目だと。必死でやりましたね。

■ アルバムも作られたりとか、それこそメンバーとして、その制作だったりとかも含めて、何か印象に残ったことってありますか。
サトウトモノリ:ジャムセッションで曲を作るってことが、俺は初めてだったんですよ。んで、ジャム・セッションで作ったことがなかったから、話にはよく聞いてても、どういうものかよくわかってなかったから、ちょっとああ、こういう風にできていくんだっていうのがちょっとわかったのがためになったって言うか、ああこういう方法もありだな、っていうのがわかったっていうのがありますね。

■ OKです。それでは最後に、皆さんに聞いてるんですけど、トモさんにとってジェリーリーファントムってどういうバンドですか。
サトウトモノリ:難しいなあ……。何ですかね。わかんねえなあ、何だろうな。いいバンドですよ。率直に。いいバンドです。あと見た目がヤンキーですよ(笑)。──何ていうかな、変な表現かもしれないですけど、ヒリヒリするバンドですよ。
初めてジェリーリー聴いた時も何かそういう、ヒリヒリする何かがあったりとか、そういうのがあったし。そういうものを感じるバンドじゃないかなと思いますね。


Copyright © 2005 Jerry Lee Phantom. All Rights Reserved. LOGOs