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【山浦 ダイジ】


■ 今日は、諸々、深いところからお伺いしたいなと思ったりするんですけども。
ダイジ:前回、ヒサシがほとんど喋っちゃったかな、バンドのことは(笑)。

■ いやいやいやいや(笑)とんでもない。まず、本当に最初から始めさせて頂きたいんですけど、生年月日を。
ダイジ:生年月日は、1974年の9月10日です。

■ こないだ伺ったばっかりなんですけど、長野でお生まれになったんですよね。
ダイジ:そうですね。

■ 思い返すと、どんな子供さんでしたか。
ダイジ:子供の時ですか──小学校の時は、何かこうクラスでも一番、って言うくらいいたずら好きな感じでしたね。ヒサシとは小学校は別なんですけど、町は一緒で。で、何かその、町の陸上教室みたいなのがあって。で、その町に4つ小学校があって、でその小学生が集まって陸上教室みたいなのをやってて、そこで初めてヒサシに出会って。後から入ってきて。で中学で同じクラスになって、仲良くなって。

■ そうなんですか。
ダイジ:高校はまた別のところで。

■ で、また離れるんですか。小学校の時に初めて会った時のヒサシさんの――
ダイジ:印象ですか(笑)。その俺らの小学校にはない、雰囲気を持った奴が来た、みたいな感じで(微笑)。アディダスのキャップをかぶって、ちょっと都会っ子みたいな。

■ お洒落目な(笑)。
ダイジ:そうそう、何かちょっと冷めた感じで。今よりもっと、おとなしかったですよ。すごいおとなしい……けど何か内に秘めてるみたいな。

■ お洒落だし(笑)。
ダイジ:そうそう(笑)、ちょっとお洒落みたいな。

■ ダイジさんは、その頃はどんな感じだったんですか。
ダイジ:俺はもう、自分からヒサシに話しかけるぐらい――うん、社交的とまでは言わないけど、何かいたずらとかして、よく先生に怒られたりとか。親にも、親父にも殴られたりとか(笑)してたくらい、いたずら好き。

■ 一番今までの記憶の中ででかいいたずらって何ですか。
ダイジ:ああー、でかいのは何だろう、うーん、そんなに金額的には……ガチャガチャあるじゃないですか。に、段ボールを丸く切って、詰めて。で回すと、延々回るんですよ(笑)。

■ はいはいはい(笑)。
ダイジ:で、全部出しちゃったりとかして。その店だと、被害額が3万くらい。

■ 結構、でもいい額ですよ(笑)。
ダイジ:中学の時なんですけど。それを教わったのは──ヒサシなんですよ(笑)。ヒサシに教わって。ヒサシはその頃はやってなくて、でもヒサシはそれを教えた、みたいなので、張本人じゃないけど、ヒサシも怒られて。(笑)

■ ははは(笑)。連帯責任で(笑)。
ダイジ:でかい、っちゃそんなもんですね。そんなに。ちょこちょこといたずらして。ヤンキーとかそういうとこまで行くほどじゃないですね。

■ ああ、そうなんですか?何か、硬派な不良っぽいイメージが。
ダイジ:不良とかじゃないですよ?ただ、ただ、いたずらが好きだったっていうだけ(笑)。中学に入ると、そういう、ヤンキーとかいるじゃないですか。そういうのはもう何か、よくわかんなくて。

■ そうなんですか。
ダイジ:俺は、ただふざけて遊んでた、みたいな。

■ やんちゃな感じ。
ダイジ:やんちゃな感じですね。

■ ヤンキー文化はでも、ありましたよね。
ダイジ:バリバリ。

■ そんな生活の中、いたずらもしつつ、音楽の話とかもしたりしてたんですか。
ダイジ:音楽は、ヒサシが一番好きな感じで聴いてて、で、もう一人、ベーシストがいて、その兄ちゃんが結構パンクを、ブルーハーツとか、ピストルズとか、ラフィンとか聴いてて。それに影響を受けて、そういうのを知ったみたいな。それまでBOOWYとか、普通の――まあBOOWYとか聴いて、そうですね、で、クラッシュを知ったのが、まだ高校入ったくらいで。ピストルズは中3くらいの時に聴いて、ブルーハーツとか。で俺は洋楽で、本当に一番最初に好きになったのが、クラッシュ。

■ うんうん、そうなんですね。元々は音楽お好きだったんですか。
ダイジ:いや、そんなに……(笑)。別に、バンドやるってくらい好きじゃなかったですけど、やりたいなって思ったきっかけが、ブルーハーツとかラフィンとか。で、高校に入ってから、その、前のベースと、前のギターがいるんですけど、そいつらが、「一緒にバンドやろうぜ」って俺を誘って、一番最後に、ヒサシが入って来た感じで。

■ ああ、なるほど。あと、聞きましたよ。デモテープの話とか。
ダイジ:ああ、あれはすごい、すごいっすよ──最初は。聴かしたいですけどね(笑)。

■ デモテープはあれですよね、ダイジさんはまだ叩かれてないんですよね(笑)。
ダイジ:まだドラムセットがなくて、ギターとベースだけなんですよ(笑)。

■ その間は、何をされてたんですか。
ダイジ:俺はただ、部屋にいる形で、見てる。たまにコーラスがあるから、ちょっとやる、くらいで。家だからなんか、普通に歌うとさ、結構、声のボリュームがでかいじゃないですか。それでも普通に歌えばいいのに、なんかその──喋り声みたいな感じで入ってますよ、歌が。でもそれはマジなんですよ。やってるつもりなんですよ、本人は(笑)

■ 本人的には。(笑)
ダイジ:口じゃうまく説明できないな――聴いてほしいって感じですね。聴けばわかる、って(笑)

■ 聴けばわかる(笑)!
ダイジ:それがはじまり。

■ うん、でも、どうしてダイジさんはドラムだったんですか。
ダイジ:ただ、誘われて、「ドラムやって」みたいな。もうベースとギターの奴が決まってて。で、ボーカルがまだいたんですよ、一人。で、そいつが、何かいきなりやめちゃって、ヒサシが入ることになるんですけど。なんか「受験勉強が忙しいから」って。ボーカルが。「じゃあだめだ」って。(笑)

■ 高一から大学受験を、っていう(笑)。
ダイジ:そうです。仲は良かったんですけど、音楽にはやっぱ、向いてないっていうか。

■ メンバーの方から、ドラムやればって話になったんですか。
ダイジ:俺しか、ドラム適任者がいなかったって言うか。で、みんなでお金を出し合って、5万くらいのセットを買って、ドラムのことを何にも知らないのに、叩き始めて。最初なんか無茶苦茶ですよ。何にも知らないし、ただ聴いて、そのまま叩く。結構、ギターの奴が器用で。それなりに叩けるんですよ。だからそれで、俺が真似して叩いたりとか。

■ それがあれですか。あの「スチューデント・ビート」っていうドラムセットですか。
ダイジ:あぁ、そうです(笑)ヒサシ──よく覚えてるな(笑)。

■ メーカー名まで言ってましたよ(笑)。いきなり叩けました?
ダイジ:いや、全然、叩けないですよ。ほんと。トンタン、トトタン……手とキックと一緒になっちゃう。

■ 一緒に動いちゃう感じ。
ダイジ:最初8ビートよりは最初4ビート、トンタン、トンタンが簡単だから、そういう曲が多くて。16ビートを叩けるようになったのが、高1で始めて、高3くらいですね。(笑)そういう曲が出てきた、出てきたのは。

■ なるほどね。でも、聴いてるブルーハーツとかピストルズとかっていうのは結構8ビートでもテンポが早目なものが多いじゃないですか。
ダイジ:日本のああいう、ラフィンとかって、4じゃないですか。4ビート、トンタントンタン、って曲もあったりして、あとポゴとか。

■ うん、はいはい。
ダイジ:そういうノリじゃないですか。ギターの奴が最初曲を作ってたから、多分そいつがそういうのが好きで、影響受けてて、そういうリズムの曲が多かった。

■ うんうん。
ダイジ:8ビートって意味自体もあんまりわかってなかった、わかってなくて、最初は。
こういう曲、こういう曲をやりたいって、ほんとに漠然と作ってた感じで。

■ うーん、「何とかみたいな」って。
ダイジ:そうです。で、チューナーもないのに、半音下げチューニングとかやって曲作ったりとかして(笑)。

■ それはまたどうしてなんですかね、やってみたい感じで(笑)?
ダイジ:何だか、よくわかんないですけど(笑)チューニングとか全然わかってなかったな。

■ なるほど。色々試行錯誤があるわけですね(笑)。でもそうだな、世代的に言うと、あれですね、“ゲット・ザ・グローリー”のリズムとか。
ダイジ:そうそう、そういう感じのリズムの曲が多かった。そういう曲ばっかりやってましたね。簡単、っつうのもあるんですけど。

■ ある意味。うんうん。
ダイジ:だから、8ビートの曲とか結構難しくて、コピーできない、その頃は。
■ それで、そのバンド自体がコンテストに出たりだとか。
ダイジ:はいはい。2回くらい。で1回優勝して。あの、東京の、渋谷の、ライブハウスで。YAMAHAのやつかな。YAMAHA主催の。エピキュラスだったかな。
■ ああ──懐かしいですね!あったあった!
ダイジ:今はもう、ないんですけど、そこで、ライブ。で、ただで、湘南あたりのスタジオで、曲をレコーディングさせてもらって。そん時に初めてクリックを使って録って。全然、合わせられなくて(笑)。で、結局、そのまま普通に録って。

■ いやいやいや(笑)。レコーディングは結構、ドラマー的には衝撃だったりしますよね。初レコーディングですか?
ダイジ:いやもうまさに。しかも、クリックを入れてないですからね。難しいなあと思って。

■ どんな感じだったんですか。皆さん、レコーディングって初めてだったりとかされたんですか。
ダイジ:そうですね。何をやっていいかわかんなくて。その音源が今、誰が持ってるのかわからないけど……多分ギターの奴かな。そいつが持ってると思うんですけど。

■ マスターを?
ダイジ:そう、持ってっちゃった。

■ あれですね、オムニバスの、何でしたっけ、曲タイ、あ、“ノイローゼ”だ。
ダイジ:そうです、“ノイローゼ”(笑)。“ノイローゼ”って曲を。

■ “ノイローゼ”って曲を。(笑)テンポ早いんですか、“ノイローゼ”って曲は。
ダイジ:いや、早くないです。110とか120くらい。

■ ああ、ミドルテンポで。戸惑いますよね、ヘッドフォンさせられると。
ダイジ:でも楽しかったですけどね。湘南行って。湘南汚ねえなあと思って、町が(笑)。

■ 1日で録ったんですか。
ダイジ:ああ、そうそう。1日で録ったんです。

■ そこから、名古屋の方に移り住まれて。
ダイジ:そうですね、高校卒業して、そん時に、大阪か名古屋に行こうって言ってて、したらなんか、ギターの奴が勝手に名古屋に就職決めてて。「じゃあ、名古屋に行くしかないじゃん!」みたいな感じで名古屋に行って(笑)。俺とヒサシは、何にも決まってなくて。前のベースの奴は、「代々木アニメーション学院に入る」とか言ってそこに入学して。

■ ヒサシさんも、「俺とダイジはもう決まってて、名古屋に行くことは決まってて、あたかも自然に、一緒に行く話になった」、って話をされてたんですけど。
ダイジ:ああ、名古屋にですか。俺はもう、気付いたら「あっ、名古屋行くんだ」、ってなってて(笑)。っていう感じで、引っ越して。最初の1年とかは、週1くらいにして、練習やって。「それ、大丈夫か?」っていう話。全然、何にも進まないし、まぁ、友達とかみたいな状態で1年くらいやって。で、ちょっと、1年経ったくらいで、あゆちゃんがちゃんとスタジオに遊びに来はじめて、気が付いたら入ってた、みたいな(笑)。

■ そして、エレクトリック・レディ・ランドに――。
ダイジ:そうですね。で、「そういうとこ出てみよう」、みたいな話になって。デモテープ作ったりして、っていう感じですね。

■ うんうん。その中で、エレクトリック・レディ・ランドに出る時の、皆さんのスタンスっていうのはどうだったんですか。
ダイジ:スタンス……でも、その頃は、もう、ヒサシが曲ほとんど作ってる感じにはなって来てて。もうメンバーも、あゆちゃんが入って、5人だし、色んな曲も出来てきて、それでデモテープをたまに、1年に1本くらいのペースで作ったりとかしてたしで。何本くらい出したかな。3本くらいかな?自分達で3本くらい作って出して。デモテープとか。で、野外でもライブとかやりましたしね。

■ で、ナカヤンさんが入ってこられる訳ですが。
ダイジ:そういう外でやってる時に、ディッセンバーズってバンドがいて、そこのベースで、ナカヤンが。すげえかっこいいんですけど。

■ うん。ディッセンバーズ。うかがってます。
ダイジ:でもそのバンドで、ナカヤンがやめたい、みたいなこと言ってて。で、俺らのベースも、何かこう、変な感じになって来てて。で、そのやめるタイミングと、ナカヤンのバンドが終わるようなタイミングが、結構いい感じに合って、ナカヤンが入って。

■ バンドとしてもそうですけど、リズム隊としては結構、大きな問題じゃないですか。ベースの方が変わるってね。
ダイジ:そうですね。あの、前のベースが、ビジュアルよかったんですよ。格好よくて。テクニックとか全然なくて。センスとかも別にないし。……ビジュアル的には結構良かったんですけど(笑)。

■ より一層ちょっとバンドらしくというか。
ダイジ:ナカヤンはもう、うん、そいつに比べれば何倍も全然違いましたね。見た目もばっちりだったし。

■ うんうん。であの、ELLでの、「来月、ワンマンだから」っていう話から始まって。
ダイジ:あぁ、急にね。「やれ」、みたいな(笑)。ぎりぎりで……何人ぐらい入れたのかな、でも、結構、100人近くは入れて、初めてやって。外でやりつつ、外でライブやりつつそういうチケットとか売ったりして。ぎりぎりで、初ワンマン。

■ その辺りから何かこう、ヒサシさん的には歯車がガチッと嵌り始めた、みたいな話をされてましたけれども、実感はありましたか。
ダイジ:そうですね。ワンマンでやり始めて。ギターがやめて、からじゃないですか。

■ ──って言ってましたね。
ダイジ:やめてから、ですね。ヒサシがギターを持ち始めて。

■ うん、うん。なんかライブの当日に突然――。
ダイジ:突然、そう。びっくり(笑)。

■ それは、どういう状況だったんですか。
ダイジ:もう普通に──そいつがチケット管理してる奴で、チケット持ってて。で、そのライブ当日に、来ないな、って。前から、体調がおかしいとか、何かそういうのがあったから──心配で、「実家に電話してみよう」ってことで実家に電話したら──実家にいたんですよ、そいつ。

■ いたんですか(笑)。そうなんだ。
ダイジ:何か、コントみたいな。「俺らが悪いのか」みたいなぐらいの。「えーっ?」って。そっから会ってないですね。

■ あっ、そうなんですか。
ダイジ:ありえなくないですか。

■ うん、確かに。(笑)
ダイジ:ありえないですよ。そっから会ってないっていうのがすごい(笑)
■ でもありますよね、バンドやってると、そういうことって。
ダイジ:そいつがリーダーだったから、最初からやってたし。でも、ヒサシの曲がどんどん増えて来て、そいつの曲とかが全然減って来ちゃって、っていうのもあるし。プライドが高い奴だから。それで、ガーッとなっちゃったと思うんですけど。

■ その人について名古屋に行ったわけですもんね。
ダイジ:バンド始めた張本人がもういないですからね(笑)。ぎりぎり俺くらいで。

■ で、その、ヒサシさんがギターを持って歌うようになって。
ダイジ:歌うしかないと。で、ギターも1回入ったりはしたんですけど。

■ あっ、そうなんですか。
ダイジ:正式ではないんですけど。

■ うん。サポートみたいな感じで。
ダイジ:サポートっていうか、入れて、何か試しに。2人くらい。ライブでやったのは1人だけど。

■ ヒサシさんは、「ギターを持つと評判が悪くて」って――。
ダイジ:やっぱ、それはやっぱ、すごかったですね。ヒサシの動きが。飛び跳ねて。ハンドマイクで。

■ ハンドマイクで、どういう動きをしてたんですか?ヒサシさんは。
ダイジ:だからもう、ヒロトさんみたいな、ガーッて感じで暴れてて。

■ ああ、なるほどね。
ダイジ:暴れまくってましたね。そりゃ「おとなしくなるわ、ギター持ったら」って感じで(笑)。

■ なるほど(笑)、そういう動きだったんですね。
ダイジ:うん、すごいです(笑)。演奏なんか聴いちゃあいねえ、みたいな。MCもないし。ガーッて暴れるのに、終わったら、別に何も喋んない、みたいな。ただ淡々と次の曲始めたりとか。

■ いかがでした。その、暴れてるヒサシさんとかを後ろから見ていて。
ダイジ:何だろう、俺も結構、淡々と叩く方だから、盛り上がってはいるんだけど(笑)、だからもう、みんな1人ずつバラバラっていうか──あゆちゃんは、枝毛探してるしな、みたいな感じで(笑)。メンバー同士を見たりとか、そういう感じのノリじゃなくて、ひたすら自分の演奏に集中してるだけ、みたいな(笑)。

■ なるほど。で、「今年中に駄目だったらちょっと考えようか」、っていうミーティングがあったんですよね。
ダイジ:あぁ、名古屋でね。ミーティングをして、その年くらいにちょうど、ソニーの人に声をかけられて、メジャーが決まったっていうことですよね。

■ そこからはもう、歯車がガーッと回った感じで。
ダイジ:うん、だからもう、とにかく、名古屋にいたくなかった、っていうのはあるんですよね。きっかけを作って、すぐに東京に行きたいってのはずっとあったから、そういう意味で、その年に何もなかったら、けじめっていうか、区切りをつけよう、って。ちょうどそのいいタイミングで、その話があって。こっちに来るきっかけになって、ぎりぎりで。

■ うん。ドラムのことをお伺いしようかと思ってるんですけど、どなたか参考にしたドラマーとかはいましたか。それまでに。
ダイジ:好きで聴いてた人は、参考になる、ということで、聴いてた。このドラム、好きだなぁとか、フレーズがかっこいいな、とかそういう感じでは聴いてなくて、ただ本当に、どんなバンドでも、影響受けて。ちゃんと好きで聴いてるバンドのドラムは、影響を受けてますね。

■ うん、うん。
ダイジ:真似しようと思ってもできないし、「ちょっとパクってみよう」みたいなノリで聴いてた。

■ クラッシュ以外は何か、聴かれたりとかされましたか。
ダイジ:クラッシュ以外は……ピストルズとか。そんなに難しいことやってないし。ブランキーとかも、結構影響を受けてますね。かなり聴いたんで。日本人だと、ブランキーとか、ラフィンとか。

■ 初期の頃ですよね。ブランキーって言っても。
ダイジ:そうですね。『C.B.JIM』くらい。その辺、サードまでは聴きまくって。かなり。

■ コピーしたりとかはしましたか。
ダイジ:しましたね。自分で勝手に。難しい、難しいなあって。そうですね、意外に……いないっすね、俺、そんなに、「こういうドラマーが好き」とか、ないんですね。

■ ああ、本当ですか。
ダイジ:みんなカッコイイと思うんです。

■ うんうん。何かでも、ドラムだと結構そういう世界に行っちゃう人、多くないですか。例えば、デニス・チェンバーズがいい、とか。
ダイジ:そうですね。

■ でも、ダイジさんは、いちロックドラマーって感じですね。
ダイジ:うん。俺は色々聴いて、その人のいいものをパクりたい、みたいな感じの距離感で。その人の全部が好きになっちゃうと、何かもう、曲作りとかの時でも、そういうのが全部出てきちゃいそうで。このバンドのこのフレーズとか、この人が、っていうのはなくて。好きなやつをいっぱい聴いて、その中から色々自分で消化して、使えたらいいなと思って聴いてるんですけど。色んなドラマーとかを。

■ なるほど。そこで、お話を戻すと、東京に出て来られて、レコーディングされて。ツアーがあったりとか。何か覚えてることとかありますか。その時期。
ダイジ:ああ……。一番最初の頃のツアーがあって、全国を周ったんですけど、滋賀とかも行ったりとか。何か、京都……滋賀に泊まって、滋賀に着いてから、1日空いて、ライブだったんですよね。滋賀で。その、次の日に、京都に遊びに行こうってことになって。で、その滋賀に着いた日に飲んで、カラオケとか行って、結構、無茶苦茶に酔っ払って、俺ら。で、ホテルに帰るじゃないですか。で、もうべろんべろんだから、素っ裸でそのまま寝ちゃって。クーラー、ガンガンにつけて。夏だったんですけど。で、起きたらもう、頭がガンガンに痛くて。クーラーも点けっぱなしだし。多分、風邪ひいたんですよね、同時に。で、次の日は、みんなで京都遊びに行くってなってたから、丸山さんに、夜中に「薬ないっすか」っつって、薬飲んで。熱測ったら39度くらいあるんですよ──もうベッドから起きて、トイレがすぐじゃないですか、ああいうホテルって。そこに行くまでも、全然もう──

■ 動けない。
ダイジ:うん、行けなくて。もうゆっくり。39度だから。で、薬飲んで寝て、起きたらもう熱は下がってて。で、起きて、京都行くぞって(笑)。それで電車乗って、昼飯はカレーかなんか食って。あ、食えるし、大丈夫かなって。坂本竜馬の墓参りに行こうってことになって、ちょっと山の中で。それからまた、俺、熱が出てきて。やべぇ、と思って、もうだめだって途中で帰っちゃったんですよ。せっかくの京都観光なのに(笑)。竜馬とか好きで、そういうとこに行きたかったのに(笑)。

■ ああ、そうなんですか。
ダイジ:で、俺と丸山さんが帰って、あと、ヒサシとあゆちゃんと、ナカヤンで観光してきたと。で、こっちは寒くて寒くて。途中、京都駅のデパートみたいなとこで、あんまり寒いからトレーナー買って、その場で着て帰って。で、次の日、滋賀でライブ。それが一番、俺はすごい思い出というか。

■ 印象深い。
ダイジ:印象深いですね。

■ ライブは普通に、やられたんですか。
ダイジ:あぁでも、まだ、完全には治ってなくて。その後、打ち上げで焼肉食ったんですけど、焼肉もまともにまだ食えなくて。(笑)

■ でも、すごい食いますね(笑)。何かと。
ダイジ:うん、でも全然もう、一番印象深いことですね。

■ ヒサシさんのお話によると、その後にシングルのリリースがあって、それに対する曲作りの期間が全然なくて、合宿に入られてたりして。
ダイジ:ああ、ああ。

■ 覚えてますか。
ダイジ:合宿ですか。キャメロットって、河口湖にある合宿所で、そこ、有名なんですよね。たけし軍団とか、Xとか、TUBEとか、ああいう大物系が使ってて。そこで合宿、とかしたりしてたんですけど。だいたい、1週間とか2週間。昼の12時に飯食って、そっから曲作って、7時くらいに飯食って、で、1時間くらい休んで、で、また8時半とか9時くらいから始めて、12時半くらいに終わって、終わったらビール飲む、とかそういう感じでしたね。で、遅くても、2時か3時くらいには寝て、次の日、また12時に起きてって合宿、してましたね。

■ 結構、スパルタですよね。
ダイジ:スパルタかなあ?俺的にはそう、そうかもしれないすね。結構、ずーっと叩いてるし。作り方がまた変わってて、俺とヒサシだけで、1個のスタジオで、ギターとドラムのある程度を決めて、ナカヤンとあゆちゃんは、違う別のスタジオでネタ作りとかしてたりして、そういう曲の作り方をしてた時期があって、ずっと。

■ うんうん。
ダイジ:俺とヒサシ的には別にいいんだけど、やっぱ、煮詰まるんですよね。あゆちゃんとナカヤンが。そういう、1人1人でスタジオ入ってて、みたいな感じでやってると。それはそれで、いい曲とかできたりもしてたんですけど、でもそれをずーっとやってて。合宿の曲の作り方としてはずっとそういう感じで進めてて。

■ 随分続くんですよね。でもやっぱ、おっしゃっていたのは、“Freedom”が最後だった、“Freedom”の合宿が最後だったと。
ダイジ:ああそうですね、そのぐらいが最後ですね。だから、本当に、“This boring rock”とか、あれができたくらいの時期から、もうみんなで曲を作り始めたりとか、作る感じになってた。

■ その、“Freedom”合宿の時のことって覚えてたりしますか。
ダイジ:“Freedom”合宿の時、は覚えてないですけども、それがその、どういう曲を作ってた時にどういう、合宿で何があったっていうのはあんまり覚えてないですけど、まあ色々、スキーに行ったり、キャンプとかもしたりしたので。飯もすごい飯でさ、うどんがあって、炒飯があって、ごはんもある、白飯もあるんですよ(笑)

■ すごいですね、和洋折衷ぶりが(笑)。
ダイジ:面白いシェフがいて。料理に凝るんですけど、凝った時に限って、別にうまくないんですよ。焼肉とか、そういう炒飯とかおいしいんですけど、ちょっとしたフレンチの、凝った感じのものの時は、すごいまずいんですよね(笑)。

■ そうなんだ。よりをかけた時に限って(笑)。
ダイジ:焼肉とかは全然──焼くだけだから(笑)。それが一番。

■ へえー(笑)。どんな会話をされたりするんですか。その2人で合宿されてる時は、スタジオ内とかでは。
ダイジ:ああ、俺とヒサシの時は別に、そんなに話はしないけど、作曲が終わってからですね、ちゃんと話すのは。夜中の12時くらいに終わって、酒飲みながら、まあ適当に。そんなには話さないけど、そん時に普通に、色々話すくらいですね。

■ 四つ打ちを、バンドのリズムの軸に置きたいという話っていうのは、先に話があったんですか。それとも、音が先にあったんですか。
ダイジ:自然にそうなってたのかな。口でそういう風に決めてた訳じゃなくて、本当に曲を作る流れで、そういう曲が増えてったっていうのもあるし。だから、あゆちゃんとかギターとの絡みもあるし。それに、何か四つ打ちが合ったのかなってことだと思うんですけど。やってく中で、それがそうなってきて。あ、四つ打ちってこういうことなんだ、みたいなのが、漠然とわかってきて、で、意識的に四つ打ちやってた曲もあるし。

■ 四つ打ちって、難しくないですか。単純に。
ダイジ:ああ、難しいですね。疲れるっちゃ、疲れるし。難しいんすよね。しかも、一定のリズムが続くから、曲が多いし、ちょっと気い狂いそうになってくるんですよ。(笑)それを延々してると、何やってるんだろうって。頭おかしくなりそうになってくる。

■ 普通のロックバンドのドラマーの意識でいうとちょっと難しそうですね。
ダイジ:あぁ、そうですね。それは、そうですね。

■ うん。一番難しいですよね、クリックなんて、合わせてやってって言われても難しいし、ちょっと前で、とか言われても……。
ダイジ:俺一人で合わせる分にはいいんですけど、何かみんなと合わしてクリックでやると難しいですね。俺、つられちゃうから、あゆちゃんを気にすると走っちゃって、つらい、とか。それは結構難しいですね。レコーディングの時が一番、難しいというか。

■ 相対しますもんね。ロックバンドってやっぱり、盛り上がってくると、テンポって上がってくると思うし。
ダイジ:上がりますね。それが自然に上がればいいんですけど、極端に上がらないために(笑)練習してて。

■ ダイジさんはいなくちゃいけないですもんね。同じテンポで。
ダイジ:四つ打ちだと、そうですね、曲にもよるんですけど。俺らの曲に関してはやっぱり、クリックをちゃんと聴いて。練習したほうが。しないと、だめですね。

■ いえいえ。それ以降、その、“Freedom”をリリースされた後に、お仕事を一緒にさせていただく機会があって、で、『PUNK★THE★DISCO』を設立し。
ダイジ:はい。

■ っていう話だったんですけれども、その時期のこととかで何か覚えていらっしゃることってありますか。
ダイジ:『HIGH★SCHOOL★DISCO』の時期ですよね。その時期何やってたかな。曲を作ったのは、今、使ってるスタジオじゃないところで作ってて。で“THE CLASH”とかできたんですけど「おっ、来たな」って感じで。スタジオもすごいやりやすかったかな。

■ それ、覚えてますね。別件の取材で、スタジオに行ったら4人がいらっしゃって。
ダイジ:あぁ、あぁ。そん時。

■ 全員こう、テーブルに座って。でも、調子はよさそうでしたよね。そう見えましたけど。
ダイジ:その時できた曲は全然よかったですけどね、うん。スケジュール的に結構タイトだったから、8曲で、ガーッて。

■ そのあたりでしたっけ。パーカッションのパッドを導入されたりとかしてましたよね。
ダイジ:その頃ですね。使い始めたのは。

■ あれはどういうアイデアだったんですか。
ダイジ:パーカッション的なものが欲しくて、っていうのがきっかけで、パッド自体を使い始めたんですけど。今は、一曲丸ごと、ずっと叩いてたりするぐらい。最近やっと、慣れてきたっていうか、その、パッド叩きながら演奏するってことに。

■ なるほど。で、ナカヤンさんが脱退されて、モリオさんも加入されたんですが、脱退されて。現メンバーに。
ダイジ:現メンバーに。気がついたらモリオがやめて──。

■ 気がついたら(笑)。
ダイジ:気がついたら。早かったな、でも。何年、どのくらいいたの、1年――
■ 1年くらいですかね。ちょうど1年くらいですかね。
ダイジ:1年はいたのか。

■ 初めて今のメンバーで、改めてスタジオでセッションとかやったの覚えてます?
ダイジ:トモくんと?

■ トモさんと。初めて来られた日。
ダイジ:初めて来た日は、来て、俺らの曲を何曲か覚えてきてもらって、弾いて、2、3曲。そしたらもう、あぁいいじゃん、みたいな感じで、一発で。

■ 加入すると思ってましたか。
ダイジ:いやもう、俺よりも、ヒサシとかあゆちゃんが気に入ってたから、こんな感じだと思う、そうだなって。

■ うんうんうん。
ダイジ:まあトモくん次第ってことで。

■ あの日、ちょうどリハの後、JUICEの取材だったんですよ。ヒサシさんにうちの事務所に来ていただいて。「今日合わした子、いいんだよなぁ」ておっしゃってて。「入ってくれるかなぁ」ってずっと。(笑)
ダイジ:しかも家が遠くて(笑)。

■ あっ、そうなんですか。
ダイジ:遠いから、都内に通わなきゃいけないし、「後は、トモくん次第だ」って。

■ そこから、もう、今に至るって感じで続いてると思うんですけど。
ダイジ:そうですね。

■ 最後になっちゃうんですけど、ジェリー・リー・ファントムっていうバンドは、どんなバンドだと思いますか。
ダイジ:ジェリーリーですか。普通が嫌って言うか──普通でいるのが嫌だって言うか。でもシンプルなことをやりたい、けど、普通なことをしたくないバンドっていうか。そういうイメージが結構強い、ジェリー・リー・ファントムってイメージで言うと。そういう意味じゃニューウェイブな感じもするし。パンクっていうか……普通は嫌だっていう(笑)バンドじゃないですかね。

■ ずーっとでも、ヒサシさんの後姿を見ながらやってる訳ですよね、考えてみると。
ダイジ:ライブはそうですね。曲作りだと、とりあえずこう──

■ あっ、向き合ってると(笑)。
ダイジ:そっちの時間のが長いから、そっちのイメージの方が強いんですよね(笑)

■ なるほどなるほど。
ダイジ:本当にヒサシとは付き合いが長いから。

■ うん。でもいいことですよね、本当に。
ダイジ:不思議っちゃ不思議っていう。未だに、ずっと一緒にやってるっていう──ヒサシも俺しかいないっていうか。すごくやりやすいと思う。


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